万病のもと「不眠」の原因改善に、漢方によるアプローチ
社会医療法人文珠会 亀田北病院
院長 宮澤 仁朗 先生
不眠症は、誰もが経験しやすい、身近な病気
皆さんは今、睡眠について悩みを抱えていませんか?
実は、5人に1人が睡眠に悩みを抱えているとの調査結果があるのです。誰しもが経験しやすい最も身近な病気の1つ、それが不眠症なのです。
不眠には入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒のタイプがあり、いずれかの不眠症状を訴える方は約2割で、中でも中途覚醒が最も多いといわれています。そして不眠症とは、上記の不眠状態に加え、日中の活動に支障をきたすことで初めて不眠症と診断されます。
不眠症には様々な原因があり、治療にはまずもってその原因を追究することから始まります。原因を要約しますと、交代制勤務などによる生理学的原因、精神的ストレスなどによる心理的要因、腫瘍や血管障害などによる身体的原因、うつ病・統合失調症・認知症などによる精神医学的原因、アルコール・降圧剤・カフェインなどによる薬理学的原因が挙げられます。治療には不眠症の根本的な原因を調べるとともに、睡眠衛生指導、服薬指導そして薬物療法が用いられます。
不眠症の原因
- 生理的原因(交代制勤務など)
- 心理的要因(精神的ストレスなど)
- 身体的原因(腫瘍・血管障害など)
- 精神医学的原因(うつ病・統合失調症・認知症など)
- 薬理学的原因(アルコール・降圧剤・カフェインなど)
加齢に伴い不眠症の発症頻度は高くなります。高齢者には、加齢に従って正常でも総睡眠時間は短くなること、若い時のような熟睡感を得ることは難しくなることをまず理解していただき、不眠症に対する不安を少しでも軽減することが治療のポイントとなります。
最も身近な病気である不眠症。決して一人で悩まず、専門医療機関に相談してくださいね。
睡眠障害はさまざまな病気に影響を与える万病のもと
睡眠障害は、日中の日常生活に対して、集中力の低下、イライラ感や不安の増強、頭痛やめまいなどの自律神経失調症状などの影響を及ぼすだけではなく、さまざまな病気に対しても強い影響を与え、時には死に至ることもあるのです。
代表例として、不眠で深い睡眠を得られない場合、交感神経が優位となり夜間の血圧上昇を招きますし、また糖代謝にも影響し糖尿病の血糖コントロールに悪影響を及ぼします。精神疾患ではうつ病の初発症状として不眠が最多であり、うつ病の90%に不眠が見られるのです。ですから不眠はうつ病の最大の危険因子といわれています。
近年急増している認知症ですが、アルツハイマー型認知症の64%に、レビー小体型認知症の89%に睡眠障害を認めるとの海外データ1)もあります。特にレビー小体型認知症では、発症する数年前からレム睡眠行動障害(眠っている間に大声で叫んだり、怒鳴ったり、暴れたりする状態)がみられる傾向があります。
新たな知見として、不眠症によってグリンパティックシステム障害が惹起されて、脳内のアミロイドβ蛋白が排出されず蓄積し、アルツハイマー型認知症の危険因子、加速因子になることがわかってきました。
睡眠障害はまさに万病のもとです。重篤な状態に陥る前に専門医療機関にご相談くださいね。
1)Rongve A et al.:J Am Geriatr Soc. 2010;58(3):480-486
睡眠を妨げる原因に働きかけて、自然な眠りに導く漢方
数多くの睡眠薬があるものの、入眠や睡眠維持が困難である場合に効果があり、翌日への持ち越しや耐性・依存性・離脱症状がなく、そして日中の活動機能を高めるという、すべてのニーズを満たした西洋薬はありません。リスクとベネフィットを鑑み西洋薬の睡眠導入剤を減量したり離脱させたい不眠症治療において、漢方薬の併用あるいは漢方エキス剤のみでの治療が有益であることは、臨床経験上大いに実感があるといえましょう。
漢方薬は西洋睡眠導入剤のように直接的に睡眠を誘発するのではなく、睡眠を妨げている原因に働きかけることで自然な眠りに導きます。漢方薬には即効性はありませんが、睡眠導入剤でみられることがある目覚めがすっきりしない、眠気やだるさが残るというような心配がありません。効果はマイルドですが比較的安全性が高い漢方薬は、特に高齢者に対して効果を発揮するといえます。
漢方では不眠は「寝つきが悪いタイプ」と「熟睡できないタイプ」に分けて考えます。
「寝つきが悪いタイプ」はストレスが強く、イライラしていて体に熱がこもっているようなタイプで、眠る直前までパソコンをやっていて寝つけない人もこれに当てはまります。興奮状態が続いて頭が冴えて眠れないのがこのタイプで、若い人に多く見られます。
「熟睡できないタイプ」は不安が強いタイプで、心配事があって眠りが浅く熟睡できなかったり、今日も眠れないかもしれないという不安から寝つけないような人が該当します。
漢方による不眠の捉え方
- 寝つきが悪いタイプ:ストレスが強く、イライラして体に熱がこもるタイプ
- 熟睡できないタイプ:不安が強いタイプ
また、眠るためにも体力が必要ですので、高齢になって体力が低下することで寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなることがあります。そういうケースでは、幅広い状態に有効な漢方薬を選択することで、不眠症を含めた心身の多角的な改善を期待することができます。
漢方薬の服用に加えて、生活習慣の見直しも
「寝つきが悪いタイプ」には 黄連解毒湯(おうれんげどくとう) や 抑肝散(よくかくさん) 、 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ) を用います。これらの漢方薬にはイライラや興奮を鎮める作用があります。使い分けとしては、体力があれば 黄連解毒湯 、なければ 抑肝散 、 抑肝散加陳皮半夏 を用います。 抑肝散加陳皮半夏 は 抑肝散 に 陳皮(チンピ) と 半夏(ハンゲ) が加えられた処方で、イライラや不眠の状態が慢性化し、食欲がなくなったり吐き気などの胃腸症状がある場合において特に有効です。
「熟睡できないタイプ」には 柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう) や 加味帰脾湯(かみきひとう) が有効です。 柴胡加竜骨牡蛎湯 は不安感が強く、神経過敏なタイプに、 加味帰脾湯 は抑うつ感が強く、倦怠感があるタイプに効果を示します。
加齢とともに体力が衰えて眠れないタイプには 酸棗仁湯(さんそうにんとう) を用いることがありますが、不眠以外にも症状があるようであれば、その症状に合った漢方薬を用います。抑うつ感や倦怠感がある場合は 加味帰脾湯 、興奮しやすくてイライラするような場合は 抑肝散加陳皮半夏 が適していると言えます。
不眠に対して使用する漢方薬
漢方薬を服用しても、すぐには不眠の改善が見られないかもしれませんが、2週間程度は服用を続けてみてください。気分が落ち着いたり、不安感や抑うつの症状が軽くなったりするなど体調が少しでも良くなっている場合は漢方薬が効いているサインですので、さらに服用を続けましょう。
注意したいのは 黄連解毒湯 と 加味帰脾湯 の長期服用です。これらには 山梔子(サンシシ) という生薬が含まれているため、長期服用(特に5年以上)の場合は、腹痛や下痢などの症状が現れる腸間膜静脈硬化症に注意が必要です。不眠の症状が改善した場合は漫然と服用を続けないようにしましょう。
日々の心がけも不眠の改善につながります。昼寝は1時間以内とする、就寝前の脳への刺激を避けるためスマホは寝る1時間前までとする、寝酒は寝つき以外の全てに負の作用を及ぼし中途覚醒、早朝覚醒、浅眠の原因となりますので要注意です。このように、生活習慣を見直すことも良好な睡眠を維持するうえで大切なのです。
不眠の悩みはがまんせず、漢方も処方している医師へ相談を
寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚めるなど眠れないのはつらいことです。数日で不眠が解消されるようであれば心配ありませんが、眠れない日が続き、疲れが取れなくなってきたり、苦痛を感じてきたり、あるいは日中の活動に影響を及ぼすようであれば専門医療機関を早めに受診しましょう。
漢方薬に即効性は期待できないといわれていますが、それ以上に大きなメリットがあり、心身の状態を総合的に整えることで自然な優しい眠りに誘導してくれます。依存性などの副作用も現れづらいですし、不眠以外のさまざまな症状が改善することも決して少なくありません。特に西洋薬の睡眠導入剤に不安をお感じの方は、ぜひお近くの西洋薬だけではなく漢方薬も取り入れて処方してくれる医師へご相談ください。
社会医療法人文珠会 亀田北病院
院長 宮澤 仁朗 先生
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