漢方でこころの不調だけでなく身体の不調も改善
社会医療法人文珠会 亀田北病院
院長 宮澤 仁朗 先生
さまざまな身体症状からこころの病が発覚することも
こころの疾患で比較的みられる症状としては、不眠症などの睡眠障害、食思不振や過量摂取といった食欲の障害、気分の落ち込みや気分高揚などの感情障害、意欲の障害、日常生活に影響するような行動障害があり、これらが1つあるいは複合的に顕在化します。またこころの不調が、痛みやだるさなどの体調変化として出現し、それがこころの病のサインとなることもあります。
精神科医はこうした様々な症状から、うつ病や双極性感情障害などの気分障害、ストレス性障害、パニック・不安障害、統合失調症、認知症などのこころの病を鑑別して治療に進みます。
こころの病の特徴として、病識(病気という認識)を得られず精神疾患への気づきが遅れ、早期発見・治療導入の妨げになることがあります。また、うつ病ではさまざまな身体症状を合併しやすく、うつ病の約65%が内科を初診するというデータ1)もあります。
ですから身近な人やかかりつけ医が異変に気づき精神科受診に導くことが重要となります。現代社会はある意味ストレスの宝庫です。新型コロナ感染拡大により私たちの日常生活も激変しました。こころの病が発症しやすい状況下で、ふだんからお互いに良好なコミュニケーションを保ち、「いつもと様子が違うな」と感じたら、まず相手を気遣い声掛けして傾聴してあげてください。そして、必要に応じて精神科受診に結び付けていただくことを切に希望します。
1)三木 治:心身医学. 2002;42(9):585-591
深刻な事態になる前に、こころのシグナルを見逃さない
自身でこころの不調を自覚しても、まずもって精神科や心療内科を自ら受診することはまだまだ少なく、たいていは病状が進行してから家族や職場の上司といった周囲の人から勧められ受診に至るケースがほとんどであるといっても過言ではありません。
日本では古来より身体疾患に比較してこころの病は病気として認知されにくく、本人の気のせいとか意思が弱いと判断され、適切な治療を受けることができずに無理を重ね病状が悪化し、自殺に至る例も決して少なくありません。こころの病が原因であるにもかかわらず、漫然と不眠や全身倦怠感、腰痛などの痛みといった身体症状が続き、一般科では検査しても異常を認めず原因不明とされ、鎮痛剤などで対症療法を受け、うつ病が見逃されていることも往々にしてあります。こころの病は、決して精神症状が前面に出るのではなく、身体症状が初発症状であることがとても多く、そのことが診断を困難にしています。
こころの病とは実は大変ポピュラーな病気であり、症状も身体症状を含め多岐にわたります。一例として、うつ病はこころの風邪とよく称されますが、こころの風邪も放置されると悪化し肺炎となり命にかかわることもあります。深刻な事態に至る前に、こころのシグナルに気づき見逃さないことが大切です。
こころの病にかかわる「気」の問題
漢方医学には「気・血・水」という考え方があります。
「気」とは目に見えない、人の体を支えるエネルギーのようなもので、食べ物や呼吸によって作られます。健康な状態では気は十分な量が作られ、絶えず全身をめぐっています。
こころの病でよく見られる症状には、憂うつな気分、不安や焦り、やる気が起こらないといったものがありますが、これらの症状にも「気」が関わっています。原因別に気のめぐりに異常があるタイプと気の量が不足しているタイプに大きく分けられ、気のめぐりに異常があるタイプはさらにめぐりが滞るタイプとめぐる方向が逆向きになるタイプの2つがあります。
気のめぐりが滞るタイプは気がスムーズに流れないために、憂うつ感やイライラ感が現れます。こころの症状以外にも喉のつまり感や頭重感、お腹にガスがたまるといった身体症状や不定愁訴が見られることもあります。
気のめぐる方向がふだんと逆向きになるタイプは、不安や焦り、怒りっぽい、興奮しやすいといった症状が出現します。他には頭痛、動悸、めまいといった身体症状が顕在化することもあります。
気の量が不足しているタイプでは、やる気が起こらない、意欲の低下といったうつ症状が現れ、疲れやすい、食欲がない、胃腸機能の低下(下痢)といった身体症状を伴うことが少なくありません。
漢方医学でみたこころの病 3つのタイプ
- 気のめぐりが滞るタイプ:憂うつ感・イライラ感・喉のつまり感・頭重感・お腹にガスが溜まる など
- 気のめぐる方向が逆向きになるタイプ:不安・焦り・怒りっぽい・興奮しやすい・頭痛・動悸・めまい など
- 気の量が不足しているタイプ:やる気が起こらない・意欲の低下・疲れやすい・食欲がない・胃腸機能の低下 など
以上、ご紹介した気の障害によって症状が出現する状態には、気のめぐりを改善させたり、気の量を補うような漢方薬がよく用いられます。実は気をめぐらせる作用のある生薬には香りがあるものが多く、この点ではアロマテラピーに通じるものがあるとも言えましょう。
「気」に着目した漢方的アプローチとは
憂うつな気分には 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう) や 加味帰脾湯(かみきひとう) を用います。憂うつな気分を感じ始め、他に症状がなければ、まず試していただきたいのは 半夏厚朴湯 です。憂うつな気分の他に疲れやすいといった症状があれば 加味帰脾湯 を用います。
不安や焦りに対しては 柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう) 、 桂枝加竜骨牡蛎湯 (けいしかりゅうこつぼれいとう) 、 抑肝散(よくかくさん) 、 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ) を主に用います。不安感が強く体力があるタイプには 柴胡加竜骨牡蛎湯 、虚弱なタイプには 桂枝加竜骨牡蛎湯 が向いています。興奮しやすく、怒りっぽいようなタイプには 抑肝散 や 抑肝散加陳皮半夏 を用います。使い分けでは、食欲不振や吐き気といった胃腸症状を伴う場合は 抑肝散加陳皮半夏 を、胃腸症状がなければ 抑肝散 です。こころの不調が長く続くと胃腸症状が出ることがありますので、その点を考えると 抑肝散加陳皮半夏 を使うケースが多いように思います。特に食が細くなりやすい高齢者には 抑肝散加陳皮半夏 が適していると言えましょう。
やる気が起こらない、意欲の低下に対しては 補中益気湯(ほちゅうえっきとう) 、 人参養栄湯(にんじんようえいとう) を主に用います。どちらも倦怠感や食欲低下にも有効で、特に貧血の症状を伴う場合には 人参養栄湯 が適しています。
漢方薬は副作用がなければ、最低でも2週間以上は服用を続けてみてください。体調がいつもより良い感じがすれば漢方薬が効いているサインですので、さらに服用を続けることが大切です。
注意したいのは 加味帰脾湯 の長期服用です。 山梔子(サンシシ) という生薬が含まれているため、長期服用(特に5年以上)の場合は、腹痛や下痢などの症状が現れる腸間膜静脈硬化症に注意が必要です。漢方薬といえども副作用がないわけではありませんので、漫然と服用を続けないような配慮が重要と言えます。
こころの病に用いられる漢方薬
小さな不調に優しく寄り添う漢方
漢方には未病という考え方があります。これは病気ではないけれども健康ともいえない状態のことで、なんとなく調子が悪いという漠然とした症状も未病ととらえることができます。小さな不調もそのままにするのではなく、早めの対応をしてあげることで健康な状態に近づけることができます。暮らしの中にある些細とも考えられるような不調に対して優しく寄り添えるのが漢方薬の魅力なのです。
漢方薬の服用でこころの不調とともに他の身体症状も改善することがよくあります。なんとなく調子が悪いという状態が続いている、そして内科を受診して検査をしてもらっても特に異常を指摘されない場合には、ぜひ西洋薬とともに漢方薬も処方のひとつとして考えてくれるお近くの医師に相談されることをお勧めします。
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院長 宮澤 仁朗 先生
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