漢方的アプローチで、めまいの“おおもと”からコントロール
医療法人たえ子耳鼻咽喉科めまいクリニック
院長 伊藤 妙子 先生
内耳への刺激がめまいを引き起こす
「ふわふわする感じがする。明日は雨かな?」
「体調がすぐれないと思っていたら、やっぱり梅雨入りしていたんだ」
このような言葉を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。気圧が下がることで内耳が刺激され、めまいや頭痛が引き起こされると考えられています。内耳は自律神経系と密接につながっている臓器ですので、内耳が刺激され神経学的に興奮すると、自律神経系を介して全身の不調につながってしまいます。
ちょっとした風邪症状や下痢のあとに、めまいや難聴が起こることがあるのはご存じですか?内耳はとても繊細な臓器ですので、ヘルペスウイルスや食中毒の原因となるカンピロバクターなどの病原体への感染が、突発性難聴や前庭神経炎の発症に関与しているという説があります。新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の後遺症の1つに「めまい」があるということを聞かれたことがある方も多いと思います。現時点ではCOVID-19がめまいを起こすメカニズムは明確ではないのですが、ウイルスが神経系に悪影響を与えていることが推測されます。
最近は、めまいが長期間持続するので持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)ではないかと心配されて受診される方も増えています。新しい概念ですので、かかりつけの先生に聞いてもご存じない先生も多いかもしれません。PPPDの病態は未だ明らかではないですが、姿勢制御、空間識、情動に関わる感覚処理の異常が原因である機能性疾患(臓器に異常は認められないが自覚症状がある病態)と考えられており、悪化する前に専門医による適切な診断、治療を受けることが重要です。
めまいの専門医による治療で、さらなるめまいの連鎖を防ぐ
めまいが起こった時は、安静にしておくほうが良いと考えていませんか?
脳出血や心筋梗塞、外リンパ瘻など、めまいの原因となる疾患によっては、安静は必要です。しかし、内耳の異常に由来するめまいの大部分では、安静にする必要はありません。むしろベッドの上で安静にし続けることは、症状の長期化や別のめまいを誘発する可能性があります。
めまいと吐き気が繰り返し起こるメニエール病では、内耳のむくみ(内リンパ水腫)がめまいや吐き気の発症に影響していると考えられています。めまい、吐き気があるからといって食事や飲水もしないで寝てばかりいる状態が続いてしまうと、メニエール病が悪化するばかりでなく、良性発作性頭位めまい症や起立性調節障害など、別のめまいを引き起こす病気を併発する可能性が高くなります。
内リンパ水腫のほとんどは、生活習慣の改善や適切な内服治療でコントロールができます。実際に、私たちめまいの専門医が治療することで、メニエール病患者さんの約8割を内服治療でコントロールすることができますし、内服でコントロールできなかった患者さんの8割は手術で改善が見込まれます。メニエール病をコントロールすることで、二次的に発生する他のめまいの発生も抑制できると考えられますので、専門医のもとで適切な治療を早期に受けることをお勧めします。
内耳のむくみを漢方で改善
「漢方薬は科学的ではない」
「何か月も飲まないと効かないのではないか」
これらは日常診療で患者さんからよく聞くお言葉です。漢方は未だエビデンスの構築が必要な領域であることは確かです。しかしながら漢方には、西洋薬よりもより理論的に治療できる可能性が秘められています。
例えば先ほどのメニエール病の治療です。私はメニエール病の治療に 五苓散(ごれいさん) をよく使います。 五苓散 は 白朮(ビャクジュツ) や 蒼朮(ソウジュツ) が含まれていて、漢方的には利水(水分量の調節)の役割をもち、むくみ(=内リンパ水腫)を解消できると考えられます。
近年、 五苓散 がむくみを解消する機序が明らかになりつつあります。磯濱らの研究では、 五苓散 が水分子の通路であるアクアポリンチャネルに作用することで、水の分布を調節することが明らかにされました。同時にIshiyamaらの報告では、メニエール病患者の内耳にはこのアクアポリンチャネルの異常が起こっている可能性が示されました。
これらの研究結果を合わせて考えると、メニエール病において異常が起こっているアクアポリンチャネルに作用し、むくみを軽減させる 五苓散 を用いた治療が理に適っていると考えられます。西洋薬にはこのアクアポリンチャネルに作用するような薬はなく、内リンパ水腫を半ば強制的に減らす浸透圧利尿薬を用いて治療します。どちらの治療も内リンパ水腫を軽減するという点では効果的な治療法と考えられます。より本質的な治療となりうることから、私は 五苓散 を用いた治療法をお勧めすることが多いです。
めまいに使用する漢方薬とは
前項の通り、メニエール病の治療には 五苓散 をよく用います。同じように 白朮 や 蒼朮 を含む、 苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう) や 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん) 、 半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう) などを用いることもあります。 苓桂朮甘湯 は痰飲、心陽虚痰飲、心脾陽虚(水分の代謝が悪くなり、水分が体の上のほうでたまって気のめぐりをさまたげている状態)であり、立ちくらみ、食欲不振、不安、動機が強い場合に用います。 当帰芍薬散 は血虚腹痛、脾虚湿滞(気の流れが滞って血流も滞ってしまったり、血液の量が十分でなかったりする状態)で肩こりや頭が重たい感じが強く冷えを訴える方によく用います。 半夏白朮天麻湯 は風痰上擾、脾気虚(胃腸機能が低下して水分代謝異常がおこりやすい状態)で不安が強く、特に月経前などに頭痛が強い場合に用いることが多いです。
成人のめまいの治療に使用する漢方
小児のめまいでも漢方薬は有用です。小児良性発作性めまいでは、起立性調節障害と前庭性片頭痛が併存しているパターンの方が多いですが、その場合は自律神経系を調節し頭痛を軽減させる 苓桂朮甘湯 をアメジニウムメチル硫酸塩(リズミック)やミドドリン塩酸塩(メトリジン)と組み合わせることで著効する場合が多いです。
小児のめまいに使用する漢方
最近話題のPPPDにも漢方薬を用います。PPPDの治療には選択式セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が効果的なことがあるといわれていますが、うつ病の薬であるために抵抗感を示される患者さんも少なくありません。その場合は同じセロトニン受容体に作用するとされる 抑肝散 や 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ) 、 釣藤散 などを用いながら前庭リハビリテーションや認知行動療法を併用して改善に導きます。
PPPDに使用する漢方
- 抑肝散
- 抑肝散加陳皮半夏
- 釣藤散
漢方的アプローチで、めまいの原因を考慮したオーダーメイド治療を
めまいは治らない病気ではありません。めまいの原因は多岐にわたるため、診断が難しいことが「めまいは治らない」と思われてしまう原因でしょう。実際、私たちめまい専門医の診断とその他の医師の診断は約3割しか一致しなかったという研究結果があります。これは日本だけの問題ではなく、欧米でもめまい患者さんの大半が長期間正確な診断がされずに、適切な治療を受けることができていなかったという報告もあります。
めまいを専門的に研究している日本めまい平衡医学会認定専門会員は全国に200名ほどしかおらず、専門家に会うのは簡単ではないかもしれません。その場合は漢方的アプローチをされている医師を訪ねてみて下さい。「めまいなのでめまいの薬を処方」という考え方だけではなく、めまいが起こっている理由、原因を考慮したうえで、個々の患者さんの体質にあったオーダーメイドの治療を勧めてくださると思います。
漢方は苦くてまずい薬ではありません。体質に合っていて体が求めている薬はまずいとは感じないものです。漢方を処方されたときは、可能な限り味とにおいを感じていただき、服用が無理だと感じたら無理だと医師にお伝えください。漢方を用いた治療では、医師からの一方通行ではなく患者さんからのフィードバックも重要です。医師と患者さんが協働して作り上げるのが漢方の治療といえるでしょう。このような関係を築くことができた、いわば真のかかりつけといえる医師を見つけることが、あなたのめまいを改善するための近道です。
医療法人たえ子耳鼻咽喉科めまいクリニック
院長 伊藤 妙子 先生
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